最近,長編よりまずは短編小説の技法を勉強しようと思った.
そのためには,まず名作と言えるような短編をたくさん読み,自分なりに分析する必要がある.
私自身,そんなに短編小説を読んだわけじゃないけど,有名作家といえども短編は駄作が多いような印象がする.
たとえば,松本清張は大好きなのだが,「或る「小倉日記」伝」で衝撃を受けた私は,他の短編小説を片っ端から読んだけど,どれもイマイチ・・・・.
辻仁成の「海峡の光」がとても面白かったので,短編集を読んだら「何これ?」という感想を抱いた.村上春樹も然り.
短編はひょっとして自分には合わないのかなと思ったけど・・・
今回読んだ浅田次郎の「鉄道員(ぽっぽや)」は,とても濃い内容で短編とは思えないほどであった.珍しく短編で衝撃を受けたので,その感想を述べたいと思う.
ちなみに,小説を読んだ後,すぐ映画の方も観た.2時間近い映画の割には冗長性があまり感じられなかったので,短編小説をうまく映像化したなぁと思った.
導入部は平凡
最初は舞台となる北海道幌舞駅とその近くにある美寄駅周辺から始まる.先ずは舞台設定を読者に理解させるところから始まり,主人公のセリフを通して間接的に主人公の人物を描写していく.
舞台背景の理解,主人公・乙松とその周りの人物たちの人柄,そして,乙松の家族と過去がそれとなく語られていく.
ここまでが前半.静かに,特に何の変哲もないストーリーが展開する.
つまり一言で言うと,「不器用で職人気質な駅長が,家族と死に別れ,一人寂しく廃線となる駅で定年退職を迎えようとしている.」
その一言で済んでしまうような内容でしかない.特段,変わったところもない.むしろ平凡すぎる.ここまで読んだ私の感想は,
「一体ここからどうやって小説として話を展開させていくんだろう?」
と思った.いや楽しみになってきたというべきだろうか.浅田次郎は一体どんなスパイスや調味料を使って,この後の話を調理していくのだろうかと.
え? そうするの?
ここまでの平凡なストーリーは,本筋に至る「お膳立て」.それが整った後,話は急展開する.
待合所に人形が置き忘れられた.それは,先ほどまでいた赤いランドセルを背負った小さな女の子のものだという.ここを読んだとき,
「あ,話の本筋が動き始めた.」
と思いワクワクしてきた.そして,その子がまた人形を忘れてそのまま帰ってしまう.次は小学6年という少し年長の姉が駅に現れるが,その子も人形を忘れて帰る.それからまたしばらくして,その子らの姉という高校生が最後に現れる.
ネタバレになるので,あまり詳しく書けないが,この三姉妹が出てきたとき
「結局この子は何者だったのか?」
という疑問が私の中であった.つまり,この女の子は幽霊だったのか?あるいは,乙松の妄想だったのか?ということである.
その疑問に対する答を物語のどこかではっきりさせるだろうと思って読んでいたが,最後までわからないまま終わった.なので,
「あ,こういう終わり方をしていいんだ」
という妙な安心感(?)のようなものを感じた.確かに最後のエンディングを考えると,この子が幽霊だったとしても,妄想だったとしても,どちらでもいい話だ.
いやむしろ,どっちだったんだろう?と読者に考えさせる方が小説としてより魅力的になる.
書く側からすると,むしろハッキリさせず読者の想像に任せて,最後は突き放してしまうのが文学らしいのかもしれない.
昭和の時代に生きた男たちの悲哀
今の時代感覚で見ると,主人公の乙松は仕事人間で家庭を省みない自分勝手な男と写るかもしれない.
しかし,個人の価値観が問題ではなく,そういう環境で働かざるをえなかったことが問題の本質だ.長年勤めていると,誰でもそのことを当たり前として受け入れざるをえず,好むと好まざるとに関わらず次第に自分自身の価値観になっていく.それが,昭和の労働者の姿だ.
この小説で言えば,乙松が駅長を務めていた駅は他に駅員がいるわけでもなく,一人ですべての仕事を担っていた.何が起こっても持ち場を離れることは出来ない.そのことを自分の仕事に対する公人としての責任として受け止めるようになっていったのではないか.
小説の時代は昭和末期.人々の価値観が変わってきた頃だ.友人の妻や自分の妻からも乙松はそのことをハッキリ批判されてしまう.しかし,乙松は言い訳をすることなく,職務を全うしながら一人で苦しんできたのだろう.
そのような乙松の気持ちを本当に理解した人は誰だったのか?
それは他でもない,ラストに出てきた人だ.
そしてその人の言葉が,長年家族に対して自責の念を抱いてきたことに対する大いなる救いになったに違いない.
昭和の時代,理不尽な労働条件下で働かざるをえなかった男たちは,駅員に限らずあらゆる職場でたくさんいた.しかし,時代が変わっていく中,仕事中毒という個人の価値観が問題であるかのように批判されていった人たちも少なくないだろう.
時代の変化に翻弄された男たちの悲哀が見事に描かれていると思った.
最後に一つだけ気になったことだが・・・
小学生の女の子がおじさんに口移しするシーンは読んでいて「エッ・・・」と思った.読者の書評を読んでも,このシーンは「気持ち悪い」という意見が多い.
私は気持ち悪いというより,浅田次郎は一体どういう意図でこういうシーンにしたのか,そっちの方に興味がある(結局わからないけど)
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